『幸せになる勇気』から考える、アドラー心理学実践に向けての方法とは?

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今回の内容にはネタバレがありますので、これから『幸せになる勇気』を読む予定の方は読まないで下さい。

まだ本を読んだことのない方にはこちらがオススメです。

これは読むべき!アドラー心理学『幸せになる勇気』ネタバレなしの感想まとめ

2016.02.26

こんにちは、マミです。

先日、岸見一郎先生と古賀史健さんの共著である『幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII』の感想をまとめました

発売日に読んでから4日経ちますが、結論から言いますと、いま再び、私の勇気はくじかれています。

以前は何だかんだ言いながらも毎日過ごせていましたが、『アドラー心理学を実践しよう』と意気込むと、普段何気なく出来ていたことが全く出来なくなってしまいました。

”勇気を出そうと、身構えてしまう。”

”とっさの場面で、選択に迷う。”

そんな風に、事あるごとに頭で考えすぎてしまって身動きがとれないのです。

『幸せになる勇気』を読んだときには、実践への道が開かれたような希望に満ちていました。

それなのに、たった4日でどうしてこうなってしまったのでしょうか。

幸せになる勇気が持てない理由

本の内容に圧倒され過ぎた

もう、この一言に尽きると思います。

本の中で青年と対話をする哲人のゆるぎない論調に、読書中私はただただ圧倒されてうなずくばかりでした。

青年ほど頭の回転の良くない私は、哲人に言われるとなんでもその通りな気がしてきます。

それだけアドラーの思想は、実践出来たら素晴らしいだろうなあ!と思わせてくれる魅力に溢れています。

『人は変われる』事に対する誤解

もしアドラーの思想に触れ、即座に感激し、「生きる事が楽になった」と言っている人がいれば、その人はアドラーを大きく誤解しています。

(引用:『幸せになる勇気』本文より)

これ、まさに私です。

以前『嫌われる勇気』を読んだときには、私は自分がすっかり変われたような気になっていました。

今思えば、あのときはすっかりアドラー心理学を誤解していました。

アドラーに対する誤解

子育てのこと

子供達に対してアドラー心理学を実践して出来ている気になっていた私。

けれど、私のしていることは結局『褒める』『おだてる』という行為から抜け切れていませんでした。

ご飯を食べれたら「今日はいっぱい食べれたね!」と言う。

ひとりで何かできたら「すごいやんー!賢かったね!」と言う。

もうこれは完全に口癖なんです。自然と口から出てきてしまうんです。

そりゃあ、子供達は喜びます。

母親から認められて嬉しくて、娘ははりきりますし、そんな姿を見てうまくいった気になっていました。

まさに、本の中の青年と同じです。

そして今度は『褒める』からも離れて、同じ目線に立とうと意識すると、かける言葉が見つかりません。

例えば夫に話すように、と思っても、夫に対しても「すごいやん!」とか言っちゃいません?

私、夫の事も上下関係で見ているのでしょうか…。どちらが上だと思っているのか…考えるのが怖いです。

でも、友達に対しても言いますよね?

そんな風に悩んでいると段々と頭の中がこんがらがってきて、結局身動きがとれずにいるのです。

生き方のこと

私は元来、ひきこもり体質です。

なんていうと誤解を招きますが、情けない事にまだまだパニック障害からくる強迫観念に悩まされていまして、体調の悪い日は家から出られずにいます。

パニックや強迫観念と、家から出られないことを結びつけてはいけない。

勇気をもって外に出なければ。

そう思う事が辛いですし、反動で症状が出ないわけでもありません。

これも症状が出る事に因果関係はないのですよね…堂々巡りですね。

このあたりが、アドラー心理学が厳しい道だと言われる部分でしょうか。

まわりから見れば甘えのようにも取れる事でも、今までずっとこの生き方をしてきた私は、そうあっさりとは自分を変えられずにいます。

『アドラー心理学は、うつ病の人には向かない』

よくこのような話を聞きます。

はたして本当にそうなのでしょうか。

本当に理解して勇気を持ち続ければ、その先にある何かがつかめるのではないでしょうか。

そう思いながら、踏み出せない自分にもやもやとしています。

私は回復期のためアドラーを実践する道を選んでいますが、病状がひどいときには必ず医師と相談しながら治療を進めてください。

うつ病やパニック障害の方が自己判断で無理をするのは危険ですし、頑張らないことが必要な時期もあります。

行動し続ける勇気を持つ

アドラー心理学ほど、誤解が容易で、理解がむずかしい思想はない。

「自分はアドラーを知っている」と語る人の大半は、その教えを誤解しています。

真の理解に近づく勇気を持ち合わせておらず、思想の向こうに広がる景色を直視しようとしないのです。

答えがありそうなのはここでしょうか。

結局私は、言葉どうこうではなくて、勇気がまだ足りてないのですね。

言葉じゃなくて行動で愛情を示し続ける勇気が足りないんだと思います。

また、弱い自分に決別し続ける勇気も持てていません。

2冊を通して読んで、今の段階で私がアドラー心理学に持っている印象は、『甘えが許されない』という事です。

いくら自分がアドラーの考え方を持ったところで、勇気をもって一歩踏み出さなければ実践にはつながりません。

その勇気を持たないまま実践したところで、結果は歪められ、どこかで無理が生じてきます。

幸福とは、その場にとどまっていても享受できるものではありません。踏み出した道を歩み続けなければならない。

難しいのはここですよね。勇気を振り絞って一歩踏み出しても、それはただの1歩に過ぎないんです。

大切なのは、その一歩を繰り返して歩み続ける事。

今までの原因志向の人生の嘘に守られていた自分を変える勇気を持って、行動したらその道を歩み続けるという事。

それがこんなにも困難を伴う事だとは思いませんでした。

多くのアドレリアン(アドラー心理学の実践者)は、誤解を入口にして、理解の階段を登ります。

私も、アドラー心理学を誤解したままで終わらず、理解の入り口へとたどり着きたいのです。

では、実践につなげる為にはどうすればよいのでしょうか?

アドラー心理学実践へ向けて

私がアドラー関係の書籍を読んだりテレビをを見て思ったのは、見て感化されるだけではダメだという事。

アドラー心理学は、実践の心理学なのですよね。

私は、アドラーの思想の中でも特に、岸見一郎先生の書かれるアドラー心理学が好きです。

ですので、今回読んだこの『幸せになる勇気』1章ずつ振り返って、自分と照らし合わせて考えていきたいと思うのです。

具体的に自分の例に置き換えて、少しずつ考える事で、本に対する理解度が変わってくるのではないかなと期待しています。

ひとまず今回の記事では、序章の部分から考察してみました。

しばらく『幸せになる勇気』に関する記事が続きますが、お付き合いいただけると嬉しいです。

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みなさんは、『幸せになる勇気』読んでみていかがでしたか?

もうすでに勇気をもって実践されている方も多い事でしょう。

私のように踏み出せずにいる方もいらっしゃるでしょうか。

そんな方は、ぜひ今後もお付き合いいただけると嬉しいです。

他にもアドラー心理学について書いています。

良ければご覧くださいね。

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